「ほっ」と。キャンペーン

虹ノ松原近くに有るヘンプとサーフィンのお店より


by nuinalukaratu

カテゴリ:シャンバラ祭り( 4 )

HEPOPA は世界的な響きに

シャンバラ奉り
それは、2010年からタイ国チェンマイ県シェンダオ市で「世界平和と民族融和」を目標に始まったお祭り。今年は五回目、10日間の日程で行なわれた。
ボキは初回から参加している。このブログにも初回からの様子をアップしているのでお暇な人は見てみて。
さて、五回目の今回の様子を写真を交えアップしてゆこう。
ボキは今回1月21日に福岡を出発してチェンマイへ向かった。航空会社は始めて乗る「中国東方航空」。安かったので乗ってみた。
まずはそのことからね。
福岡から上海までは遅れる事も無くスムーズに飛び、上海から昆明の便に乗り込む。
すると、時刻になっても飛ばない。 何故?(後で解かったけど上海の空気が悪く、視界が開けないので飛べないらしい。帰りの便もそうだった。約一時間座席にすわりっぱなし。)
やっと着いた昆明で荷物を取り、航空会社のカウンターへ行くと誰も居ない?え、何故と思っていると中国人のグループが来て、カウンターに現れた人に文句を言っている。どうも、乗る予定の便に間に合わず置いてきぼりを食らったようだ。やっぱり、上海での遅れが響いた様子。結局航空会社の指定するホテルへバスで向かい、一泊した。もちろん宿代、食事代は航空会社持ち。あたりまだのクラッカーでしょう。
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寒かったにゃ~昆明。ホテルのエアコンは20度で止まり、その後は動かない。シャワーの温水は35~8℃くらいかな?浴びたら寒くなった。
寝れない夜を本でも読んで過ごし、夜明けに空港へバスで向かいカウンターへ行くと「チケットは無いの?」と、言われる。
前日に翌日の予約をしたのに入っていない、と、言う。馬鹿な?再度航空会社のインフォメーションで確かめて、チケットも貰いやっと乗れた。やっぱり、急激に発展している中国の飛行機事情。
アメリカなみに、バス感覚になりそうだけど、ちょっと前までリキシャを運転していた人が荷物係りをやっている様な感じがして問題は多そうだにゃ~と感じた。
チェンマイへ向かう前に朝飯でも思い、うろうろしてカップ麺を食べた。辛そうだったから赤い調味料をチビット入れたけどやっぱり辛かった。
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機内食にマツタケのピクルスが入っていた。中国の人はパンに挟んで食べていたので真似すると美味しかった。
一日遅れで着いたチェンマイ。ソンテウで浦さん家に向かう。
しかし、運転手は道を知らない。この人バンコクがデモで仕事にならないのでチェンマイへ出稼ぎに来ていて、そんな運転手に二度逢った。バンコク経済は大変らしい、バンコクから来ている人も飽き飽きしている様子だったにゃ~。
やっとたどり着いたシャンバラへの入り口。そこはチェンマイで日本語フリーペーパー「ビアン チェンマイ」を発行している事務所兼浦ちゃん家。
庭が広く、この日からテント生活。前乗りして来たコアなメンバーと共に、始まる前の静かなひと時を味わう日々。
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タイ人スタッフの要、トアと葉子ちゃん家に遊びに行き、祭りミーティング。ミッチャンは、すでに日本語とタイ語を使い分けるバイリンガルに育っていた、三歳で。凄いにゃ~、可愛いにゃ~。
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気候にも慣れ、シャンバラ用意前まで大急ぎで仕事モードに。
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マーケットでモン族の古着スカートを掘りまくる。日本のボロ屋から始まったボキの古着屋人生。アメリカでも掘り、タイでも掘る。掘る度に新しい発見が有り、最高に楽しい。
そこは、日本人的感覚で言えば「臭い、汚い、暑い」の3k現場。額に手ぬぐいを巻き、ひたすら掘る。今回もたくさん買えました、でもインフラ率100%に近く前回買った同じスカートが倍の値段になっていた。為替も去年は10000円で4000バース近く来たけど、今年は初め3040バーズ。後半3150バース。オー ダブルパンチとばかりに仕入れ値は跳ね上がる。でも、手織り手紬の麻生地は日本では戦後に終わり、世界中見渡してもあまり無い。モン族のビンテージ生地は最高なのです。そんな生地で作るヌイナルの服、貴重な生地を使っているので何時まで出来るか解かりません。アメリカのビンテージジーンズを掘りつくした様に、最高の麻生地は何時まで有るのか?
そんな生地を探したり、あらゆる山岳民族の古着を漁る。面白いんですこれが。
モン族、ヤオ族、アカ族、カレン族、シャン族、バロン族、ミャオ族、リス族、まだまだ知らない民族も居る地。それぞれに個性が有る、我々和民族がそうで有った様に民族衣装を身に着ける時は大事な時。お祭りではもちろんでしょう。
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そんな中、福岡県人会でサンカンペーんで行なわれたイベントのリサイクルで出た干草のブロックを貰いに出かけた。そこは、温泉リゾートでも有ったので一時のリラックス。
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一年ぶりにともちゃんとも再会。歌い手となり、みっこちゃんに改名。良い歌声は昨年から発見していたけど、オリジナルの楽曲を引っさげて鮮烈なシャンバラデビューを果たした。また、聞きたいにゃ~。ライブを聞いて、うえだっち(ナミさんのバンド”グリーンランタンのb)は泣いていた。
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(イスラム街で見つけたダルのトロトロを麺にカケた麺料理、アロイ)
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(チャイ二ーズ正月のチェンマイ中華街、賑やかだったにゃ~)
続々と集まってきたスタッフと、地元スタッフとの交流会”浦ちゃん家ホームパーチィー”を浦ちゃんが開催してくれ、その為にお好み焼きや焼きソバを焼ける鉄板焼きセットまで購入してあった。
お好み焼きと、聞くと大牟田育ちとしてはだまってられにゃ~い。
大牟田はダゴ(お好み焼き)の町。今でも帰ったらラーメンかお好み焼きか、タマに放るもん。
早速、料理班と共に近くの市場へお買い物。
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結局、焼きソバやらダゴやらチャンポンまで料理してしまった。唆され、煽てられ、そんな前半戦をチェンマイで過ごし、とうとう二月に入ってチェンダオへ出発の時。
浦ちゃん家からテントや毛布、炊事道具、食器、看板、マット、あらゆる祭り準備品をソンテウに積み込み出発した。
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ソンテウ6台バイク2台のシャンバラキャバンは北を目指しマッシグラ。
でも、バイク一台はメイテンからパイ方面へ曲がった!!(謎の日本人はやはり謎の行動が多い。)
着いた、チェンダオ山。帰ってきたんだ、農耕民族の故郷へ。
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毎年会場となっているこのキャンプ場は、日本で言えばNGOが管理する青少年育成センターで、仏教の講堂や、ドミトリーにコテージやマッサージ小屋などを施設が整っている。
そして、近くに無料の天然温泉露天風呂が有る。
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そんな理想の地にヘポパキッチンを竹と布で作り、電気を引き、水道を引き、炊事場を整える。
そしてティピを張るのが真っ先の仕事。
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初日から集まった約40名のタイ人、韓国人、そして日本人の老若男女が持ち前のスキルを発揮して用意が始まった。
実は五回目にして始めてなのです、初日から入るのは。
今まで、祭り期間中は参加しても用意にはあまり係われなかった。
今回は昨年から決めていた、ドップリ参加を。先輩の代わりにはなれないが、ボキなりにやれる事は有るだろう、と思っていた。そんな想いが空回りする事も有ったけど、やり遂げた。
チェンダオに着くと、昨年旅に出かける前にヌイナルに寄ってくれたマッコとあやみちゃんが来ていてスタッフになってくれた。
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同じ九州人が増えると頼もしい、ありがとう。
祭り準備も整い、始まった”シャンバラ祭り2014”。
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毎年人が増え、去年の最後はテントスペースが無くなりそうだったので今年はどうなるのか?
と、密かな心配をしていた。
そして、それは当ってしまった。やはり、西洋人は面白そうな処に敏感だ。
全体で言えば日本人は変らず、タイ人は増え、西洋人も増えていた。同じ西洋人と言っても、国は違う。チェンマイ在住のフランス人を奥方に持つ方に聞いた話だと、20ヶ国以上の国の確認をしたらしい。
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それくらい多民族が集まったお祭りはどうだったか?
一言で言えば、そこはクロスロード。愛と平和のキーワードに広場が出来ていた。
もちろん問題も多かった。
急性アルコール中毒も初めて発生した。しかし、看護士経験の有るスタッフや通訳の出来るスタッフに現地スタッフも加わり無事に乗り越えた。皆素晴らしい活躍だったし、良い経験だった。
人が多くなればかならず発生するゴミ問題に、夜中の音響問題。
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様々な問題が発生してもヘポパ精神で解決する。民族は違えとも、誠意を持って当れば事は解決する。そんな経験を通し、ヘポパは会場に来ている一人一人に浸透する。
それは、ステージで演奏したほとんどのミュージシャンがヘポパを口にして盛り上がっていた。
こんな事初めてだ、世界標準になりつつ有るヘポパ。龍さん、最高だったよ。来年は一緒に参加しようね。
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お祭り広場ではジャグラーが集まり、マーケットも広がり、フリーセッションは各地で行なわれる。
子ども達は走り回り、アーティストは表現に打ち込む。
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そんな”虹の岬まつり”みたいなお祭りがチェンダオで開催された。夢のような光景、そのスタッフに係われた事はボキの人生でも大きな糧を得た気分だった。
ナミさんから、シャンバラ祭り初回に「日本式お祭りをタイに輸出するんだ。」みたいな事を言われ、自分の中では日本国内で参加した最高のまつり”虹の岬まつり”が理想だったんだ。
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言葉を越え、魂の繋がりを感じた人々はたくさん居た。
たくさんの人々から喝采を浴びたナミさん。西洋人のオールドヒッピーの人から「この場は狭いが、69年に体感したウッドストックみたいだ。」とか言われ、クロスロードという曲を完成させた。ロマンティックなイントロから始まる曲。今回一緒に行動するようになってボキの耳を捉えたイントロ。何時の間にか曲になっていた。今でも聴こえる甘い調べ。やっぱりナミさんは最高だ。
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長い記録になりまちた、オイチイオチャデモ、、、、。
コップンカー!!
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バイバイ また来年逢いましょう ヘポパ~ヘポヘポ
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by nuinalukaratu | 2014-02-21 18:11 | シャンバラ祭り

HEPOPA

今年で3回目の”シャンバラ祭り”から戻ったよ~ん。 たのしかった!! 最高!!
そんなの聞き飽きている人々が多いけど、まあ~今回のレポートでも読んでみて。(来客の合間に書いているので、途切れ途切れになるけど、連載のつもりでチェックしてみてちょ~だいませ。)
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唐津を出る時は寒波が来ていて寒かったけど、チェンマイへ着くと程よい気候で夜到着だったので荷物をビエンチェンマイオフィス(タイ側スタッフのうらさん家)に降しディナーで出掛けた。
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一年ぶりのチェンマイは相変わらず活気に満ちて、ヨーロッパから来ている人も多く、時折シャンバラへ向かうのかな?と、思わせるファッションの人も見かける。
翌日、レンタルバイクを近くで借りてチェンダーオへ出発した。
今回はバイクでチェンマイから色々動こうと思って快適な新車を見つけ1日200Bで借りた。走行距離50Km。さて、これからどれ位走るのか?楽しみだ。
前々回は糸島の仲間とレンタカー、前回はUjinからバイク借りてサンデーマーケットへ買い付けに出掛け夜中に戻ったので、道のりは解かっていた。
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シャンバラ会場に着くと、見慣れた顔ぶれから新しい顔ぶれ。以外と様変わりしていて名前を覚えるのが大変。名札を付けてウロウロして久々のラスタアベとセッション。
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それから今回のネグラを作りに去年使っていた通称”森庵”をお掃除に行ってみると、蜂がブンブンしている。見渡すと蜂の巣が幾つか見える。こりゃ~蜂さんには悪いけど排除だな、と、思いインセンスを一束燃やし、長袖長ズボンに帽子にサングラスで攻撃を加えてみる。3ツ蜂の巣を排除に成功するけど蜂はまだ居る。
さては竹の中に巣が有るのか?と、思い叩いてみた。そしたら出てくる出てくる、ミツバチの少し大きくなったみたいな蜂さん。5発やられました。 想像通り、小屋の横に走る竹の中に巣が有るみたいでそこから突撃隊がたくさん出てきた。痛かったけど、刺されてすぐ棘を爪で千切り川の水で洗い流す。そうすれば多少の毒が回る程度で済む。そうしていたら、あべちゃんが「お灸すると毒タンパクが中和されるのでしてあげるよ。」と、お灸を患部に据えてもらう。アチチ~、おかげでその後はかゆみも少なかった。
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こちゃ~駄目だな。と、思い隣の小屋に1LDKの部屋を作り今夜のネグラをと思ったが深夜寝てみると冷気が川から来ていて寒い。さっさと諦めて家主が遊びに出ていて居ないあべちゃんテントにもぐりこむ。
そうやって今回は寝床までへポパになり”ヤドカリ”生活のスタート。
それは帰国前日まで続き毎日3~4時間の睡眠時間で寝るときは気絶状態。チ~ン!!
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祭りが始まるとこのステージ前のTeePeeがネグラとなった。
ここで火を焚き、深夜の寒さから避難してくる人々と一緒に語り合う。祭りならだね。
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3回目のチェンダオは勝手が解かってきたせいか何事にも過ごしやすく、久々に逢う仲間達とも別れたのが昨日だったかの様に生活に溶け込む。大自然の中で密度の濃い生活を共に過ごせば時間軸とは関係ない親密さが生まれる。
パイに暮らす仲間達とも繋がりが深くなって来た。
同名のあだ名を持つヒデとあーちゃんの愛息あーぼの誕生日が祭り初日だった事もあり、パイ在住者のクルクルパイバンドからステージはスタートした。
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7~8年前ナミさんが当時スッポン(ミャンマーとの国境近くの村、スペル忘れた。)に住むピックさん家を冬場の棲家にしていた時に連れて行ってもらったことが有り、その途中にパイのMOON VILLAGEに立ち寄った事が有る。その時にお逢いしたトロンさんや画家のケンさんが歌う唄は、人生の縮図を感じられた。さすが日本人のコミューンをパイに作ってしまうくらいのエネルギーだ。
シャンバラ会場の陽や月が昇る東の川辺がパイ村。子供達も多く、祭り期間中にすくすく成長する子供達の姿に明るい未来を感じる。子供が生き生きしている祭りは最高の祭り、ことしも虹の岬祭りが楽しみだ。
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今年の12月から3ヶ月間、パイのムーンビレッジでは「魂の核実験」が行われる。以前は何年前だっかな?
今年は3ヶ月間行われるらしいので冬の寒さを逃れたい人にはお勧めだね。その期間中の2月にチェンダオで4回目のへポパが開催されるはずだ。次回は10日間の予定、気になる人はマメにチェックしてね。ゴールデントライアングルで繰り広げられる日本人による祭りがダブルで有る予定です。
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祭り2日目に歌わせてもらった。相棒はトビウオリアキちゃん。九州人になった彼女もぺポパ。BONGERSなのです。そんな最高の相棒を得て望んだステージは照明で前は見えなかったけど、思い切って歌ってきた。
こんなボキにもステージで歌わせてくれる優しさがナミさんの雄大さだ。何時も感謝している、ステージでも感謝の気持ちを込めてRAINBOWを歌ってきた。ナミさんの名曲だ。褒めてもらって嬉しかった。
前回のナミさん祭りでボキのバイブル(南正人ソングブック)にコード進行を幾つか書いてもらった中に”ROLLING STONE”が有る。知っている人は知っている名曲。その曲を最近歌っていて知っていたはずの歌詞が心に入り込んで来た。(気になる人は読み返してみて、、、。)
その詩とシンクロした現象が現れる。
アセンションを前にしてナミさんがしきりに言っていた事を思い出す。

「イメージした事が現れる。良いイメージのみ持ちなさい。そして現れたときにどう行動するかで真価が問われる。」

「もりやんは仕事柄若い人に知り合う機会が多いから、スピリチュアルに興味を持つ人々を導きなさい。」

導師を持つと心に迷いは生じない。信じる事の美しさ。与えてもらう事のありがたさ。
そんな導師がボキには2人居る。そして、ボキ自身が人を導びける様に教えを受ける。
その実践をヘポパ心を持って行う。
それは未熟者には大変は修行で、TeePeeの焚き木で煩悩を焼き尽くしたかった。

そんな祭り会場から時々チェンマイやチェンダオへ買い付けに出掛ける。
祭りの前日も以前からマイミク(mixi)だったナツオ(祭りでも良いバイブレーションを発していた龍神村に住む黒目が綺麗な歌唄い。)と、サタデェーマーケットに買い付けに出掛けた。かれこれ10年通っているチェンマイは昼間暑いので、ナイトマーケットが多い。
この日も御贔屓の盲目バンドや民俗音楽を楽しみながら、面白い商品を探す。
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この日も幾つか新発見が有った。気になる人は見に着てね、なくなる前に。
そして、祭り3日目の朝ぺポパ食堂へ行くとあべちゃんが「今日買い物に行ったら少数民族のマーケットが開かれていたぞ!!。」と教えてくれ、早速出掛けてみた。
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この辺りの名物納豆せんべいを買い、夜寝るときかぶるマスクに野良仕事用の帽子に珍しい生地や手作り商品を買い付け、フルーツやスイーツを土産に村へ帰る。週に一度火曜日の少数民族のマーケットは面白いよ、チェンダオを訪れる人は行ってみてね。
こういう少数民族マーケットは基本的に手作りが多いので、来年のヘポパでは祭り期間中に使えるアイテムを少数民族の人々に注文して祭りに来たお客さんに販売する”ヘポパ売店”をナミさんに提案したら「良いね~やろうよ。」と、言ってもらった。
そのアイディアは、マーケットに一緒に出掛けた季衣ちゃんが、購入して使うアイテムが祭りを楽しむ上での必需品になってゆくのを見たからで。なれない土地でも生活に必要な物はその地で暮らす人々が知っているんだ、と、いう簡単な理屈を見つける。
今回ボキは寝袋も持って行かなかった。代わりに、ダウンジャケットと人工ダウンパンツが寝具で、敷布団のみ初回に購入して置いてある。ブランケットを借りて、靴下を2枚履き、レッグウーマーをし、帽子を被って寝れば、何処でも寝れた。 
そして昼間はヒザタケに、タンクトップ。熱ければ川で沐浴。
フルーツを切ったり、料理に使う刃物は日本から持って行った”切り出し”が便利。竹が豊富で竹で色々作ろうと考えている人は切り出しじゃないとすぐ刃が切れなくなる。出来れば古い鉄だベスト。
今回はコーンを川で洗っていて落としてしまい、神様にお願いしても金のコーンは現れなかったので竹で自作した。祭りの土曜日、ヘポパキッチンで作っていたのはそれでした。後で「何作っていたの?」と、数人から聞かれたのでゲロット来ます。
そんな感じで、マットよりも現地の敷布団。
ヨガマットよりリサイクル生地のマット。
日よけに使えるショールや天然素材の帽子。
などなど、、、、を、来年は現地で揃えてみたいにゃ~。そうすれば、祭り生活が豊かになること請け合い。
と、そんなヘッドトリップを楽しむのも性なのか?
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今回の祭りには中休みが有って、忙しくしていたキッチンスタッフなどには良い日だったんじゃないかな?
それで、ボキもお仕事とばかりにチェンマイへ通勤してきた。途中には像使いの村が有り、像が国道を横切る。止まってカメラを構えると像を止めてカメラ目線のおじさん、止まってくれてありがとう。
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翌日に奈良から到着する久保田さんを空港へ迎えにゆく、と、言うあべちゃんとは”トワ”(チェンマイのアーティスト。2回目のシャンバラフライヤーもデザインしたスピリチュアルな絵を描く。奥さんはようこちゃん、九州人。)のアトリアで待ち合わせをして、その日は泊めてもらった。気持ちが通じ合える大切な仲間だ。
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チェンマイ在住が長かったあべちゃん行き着けに色々連れて行ってもらい、お粥を良く食べた。
何処でも美味しい。すんごく美味しい。やっぱりタイは屋台がたくさん有って最高だにゃ~、福岡の屋台論争が馬鹿馬鹿しく聞こえてくる。同じアジアなのに、日本人のバイタリティーの少なさは悲しい。
カッコばかりつけてさ、すべて表面的な物でしか判断しない、でもタイの人たちは生活の為に隙間が有れば屋台で商売。
話は逸れるけど、オールドヒッピーの人から今回聞いた話が面白かった。それは30~40年前タイへ来て宿を探していて、店の軒先に置いてある竹の長いすを5バースで借りて寝た話。今トイレは3バースくらいなので、やっぱりトイレより寝床は高いんだにゃ~。と、思った以上にそんな処でもお金ももらうバイタリティーに関心した。
昔はシャム王国だったこの地は様々な民族が交わって来た地。そんな何処から来て、何処へ行くのも解からない人々を相手にして来た民族の力強さは、我々島国に育った民族とは違う。もっと日本人も冒険をしよう、ガイドに頼らない旅を。
福島が教訓となり、倭民が各地に旅立っているのを感じる。
きっと蓋が外れたんだろうな。自分を縛っていた押し付けから逃れる事を選んだ人々はたくさんの教訓を得て、日本へ戻ってくる。渡り鳥の様に。自由に飛びたて!!!
それは、今回の教訓で良かった部分ではないだろうか?
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高知に住むまなちゃんとようへいはこのヘポパを皮切りに音楽修行の旅へローロッパまで行く、と、話してくれた。
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今回のスタッフは応募してくれた人たちで構成されていて、若いミュージシャンが目立った。
祭り期間中もあちこちでセッションする姿が見られ、新しい音が生まれてくる素晴らしい瞬間に立ち会えた幸せが包みこむ。
「九州人は熱いストレートなロックが好きだから、ナミさんファンが多いよね。」と、龍さんが言っていた前日に福岡のリョウのステージを聴いていたので納得するしかなかった。
DADA CHILDや風太郎が撒いてきた種は成長し、花を咲かせている。そんな倭が島が大好きだ。
熱い魂に共振する心を大事にしたい。
原石が磨かれて光り輝く時を見逃せない。 そんな気持ちで昼間にヘポパキッチンステージを聴いていた。
今回から、独自にP,A機器を購入して出来たライブステージ。(担当のしすさんありがとうございました、ご苦労様でした。)ステージの予約が出来なくてもやりたくて来ているミュージシャンもやれて良かった。
爽やかな木陰の中、まどろみの空間がそこには有った。
すべての料理は薪&墨がエネルギー。シェフはタイ側がJHOINT QUEENのピックさん、日本側が修験道の行者相手に宿坊の世話をしていたあべちゃん。味付けも日本タイ融合のマクロビ料理。それを、毎日作り続けるキッチンスタッフ。おかげでタイ料理でお腹を壊した人やベジタリアンの人々には好評で、この食堂が有ったからこそボキの祭りライフも健康が保てた。ありがとう、キッチンスタッフ。
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タイでも桜の花が咲いている季節。ヘポパキッチンにも花が咲き乱れていて眩しかったにゃ~。
ピックさんも言っていたけど、日本人は素晴らしい民族だな~、と、改めて思った。エルサレムにメシアが現れた頃にジパング(黄金卿)と、噂されたアジアの移民大国”日本”。
大陸の文化が昇華されて独自に発展して来たボキ等のDNA。大切にしよう桜に象徴されるこころ。
その心を本部付きのパパや龍太郎さんに見た。
露天風呂のパイプが壊れていたのを直した龍さんには頭が上がらない。ご苦労様でした。
総合司会を優しい口調で導いてくれたパパ、何時も癒されてます。
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未来永劫微笑みが消えない生活を目指してゆけば寛大な心が付いてくるし、その寛大さは自然から与えてもらうエネルギーだ。
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シャンバラ祭りリポートも今回は3回目。ボキの視点も色々と変わって行き、今回常に視点の先に有ったのは虫、鳥、ねずみ、トカゲ、などなどの地球の仲間達。
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野鼠を見る事は少ないと、ピックさんもビックリしたけど可愛かったネズミちゃん。
同じ日にチェンダオ山の上昇気流に乗って飛んでゆく鷲か鷹のランデブー。
新月の夜、暗い中飛び回る得体の知れない虫。止まっているのを眺めてみると、エイリアン的な顔をしている。目が有ったら威嚇して来た。少し下がると飛び上がり竹の枝に居たパートナーとランデブーで飛び回る。
虫や鳥は仲良しだね。人間ももっと仲良くしようね。
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去年のシャンバラの光景を唄った歌”赤い月”。その月が昇る先には、今年も真っ赤な花がヒラヒラとゆれて落ちていた。
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最終日、レンタバイクを返しに行き空港へ向かう。(走行距離750km)
2週間の旅も終わり、お世話になった祈りを捧げバンコク行きに乗り込む。
バンコクでの最後のディナーは残った50Bで買えたカップおかゆ。
疲れた体に優しかった。そして、少数民族の人形。ほしかったけど、ダラワン族を探したけど見当たらなかったので買わなかった。次回はダラワン族の村へ行きタイにゃ~。
今回の買い付けは生地や珍しい民族衣装を中心に買い付けて来た。
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ボキのお気に入り忍者ジャケットも久々に麻のバティック生地がみつかったので作って来た。
祭りライフを快適に過ごせるNUINALUセレクションを開発中、お店に見に来てね。
写真はボキが撮ったのに、”たかちゃん””ナツオ”や”加藤さん”、パイ村の方などのweb siteに転がっていたのを拝借しています。
ありがとうございます。
写真記載でご迷惑掛けている方がいらっしゃれば削除しますのでコメントしてください。
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by nuinalukaratu | 2012-02-24 13:28 | シャンバラ祭り

ヘポパ祭りから戻った

SHAMBHALA IN YOUR HEART 2011  シャンバラ祭り2011ご報告第一弾
写真はボキが撮ったのの他に、パイのとしろうくんやweb上で頂いて来たのも有ります。頂いて来た方々ありがとうございます。祭り報告として活用させて頂きます。
なお、このブログを書いたのも帰って来て二日目なのでこれからも更新をして行きます。
興味有る人は時々チェックしてね~、ではでは!!
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ナミさんが「ヘポパ」と、言う言葉を使い始めたのは何時ごろだったろうか?
去年のシャンバラでは、「ヘポパ有るよ」と言う具合に固有名詞的な使い方をしていた覚えがあるんだけど。 今年からは考え方や哲学的な言葉になっていた。 それは、「在るものでマカナウ、身近な物で代用する、シリアスな場面でも和める、リサイクル精神、etc,」などなどの名称へ。

ナミさんの頭にひらめいて、降りてきた言葉。ヘポパ!!

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・~#
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2月8日にタイへ出発したボキと風ちゃん二人は、チェンマイでウラさん家に直行してその日一泊したら、朝早くからアキさん達大鹿美麻村一行様が到着、その日にチェンダオへ向かい祭り会場入りした。
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去年はTIPIを担いで行ったので寝泊りには不自由しなかったけど、今年はやどかり作戦を決め込み、無かったらドミトリーでもいいや、と思っていたらドミトリーは山岳民族のセミナーで山から来たダラワン族の人が使っていて寝れない。
それではと、何処かにゃ~かな?と、思っていたら去年ヒデ家族が使っていた小屋が荒れ果てて誰も使ってなかったので掃除して弱っている部分を補強して使うようにした。誰が言ったかそこは「森庵」と呼ばれる事に。別名凡小屋とも、、、、。
ロケーション的には川沿いなので、清流の流れが耳にやさしく、昼間は光がキラキラしている。暑い昼間の沐浴は最高で、エメラルドグリーンに光る糸トンボは光の角度で深いブルーにも光る羽を持っていた。
大きなミズスマシが急流を登ってゆく、夜光が差さない時は蛍が光る、朽木にはサルノコシカケが大きくなっていた。
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去年より本部食堂がステージに近くなり、ボキ達スタッフはほとんどその食堂で過ごす事になる。その食堂もヘポパ、木々の下に仮設水道を引き、下水を作って、薪や墨での調理、まかないスタッフは、日本、タイ、韓国、からの料理人。ボキの可愛いシスター達、御ご馳走様、美味しかったにゃ~。
一日に4食くらい出ていたスタッフ食、食べるボキ達凡族はマンチー的に食べまくり気がつけばお腹が出ていた。
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TIPIのポール作りで余った竹はボ○グ作りには欠かせない。
竹細工にはまっていると、山岳民族のおばちゃんがず~と見ている。
祭りが始まる前に「野焼きセミナー」に集まったヒルトライブのダラワン族のおばちゃんが、偶々民謡を歌っていたナミさんの曲で踊り始めたものだから大変、「ロックやレゲエでは躍らせなかった少数民族を民謡では躍らせた。俺はこれから自分の足元を掘る、祭りでは凡踊りだ~。」と、ひらめいたお師匠様「これまで作った歌はもう忘れよう、これからは民謡だ。」
おかげさまで、ボキも自分のルーツに関わる唄を歌う栄光を授かった。
”~ 三池炭鉱の上に出た~あんまり凡族が煙いのでさぞやお月様煙たかろ~ さのよいよい”
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そんな和式を交えながら、祭りは始まる。
初日から三日目辺りまではゆっくりと演奏する時間も有り、BONGERSは二日目に風ちゃんとボキにタカのドラムスを加えてやらせてもらった。
ステージを降りてゆくと、昼間にKOBUCHA(キノコ酵素ジュース)を買った喜美ちゃんとメグが受けている。なんだかボキのライブは笑いを誘うのか、受けていた。
「あるがままを詠うのは最高の詩です。」と、言ってくれた喜美ちゃんありがとう、勇気をもらった。
タイ語に訳した「ごみはゴミ箱へ カヤ トン ティー ティン タン カヤ」は、その貰った勇気があったから最終日に歌う事が出来たんだ。
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新しい出会いや、再会は古い細胞を活性化させる。
そんな日々を過ごしながら、会場から出ない日々が続く。
時間が高速倍速で過ぎてゆく。
スイス銀行行員も増えてゆく。
そして満月の週末はやって来た。
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昨年とこの祭りが大きく違うのは、二年目でタイ人スタッフが増えて、本当の意味で日本&タイのお祭りになった事だろう。
タイ人ミュージシャンが増えて祭りに華を添えてくれるし、世界各地から集まった参加者は昨年の3倍くらいになっていた。会場はワールドピースな空気が漂い、色々な言語が飛び交う。
タイローカル以外のお店も増えたし、「不思議屋」なるお店も出現してお祭りを盛り上げる。
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寝る暇は無い。
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祭り準備中の会場内は鳥やヤモリ、虫、犬の声が響き、誰かが歌う声にギターや太鼓の音が木霊する。
去年より約2週間早めに入ったのに気温は高め、朝方も去年程の冷え込みも無かった。去年は寝袋も無かったので朝方早く眼が覚め、暗いうちに温泉へ行くのが日課だったけど、今年は寝る前にお風呂へ行くのが日課となった。
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祭りの中日丑三つ時、空には雲が出始め満月に近い月の周りがレインボーに輝いている。翌日は小雨ながら乾いた台地にシャワーがもたらされた。ほんの一寸ね。乾季のこの時期にはほとんど降らない雨が今年は時々降るんだと話してくれたピックさん。そのピックさんの娘はもうハイスクールなのか?仲間の多くと祭りに参加してマカナイのお手伝い。その中にはレディーボーイやトムガールが居た。
人種や民族のルツボ、西洋と東洋が交わった地シャム、タイ王国はマイペイライの国。すべてを受け入れてくれる懐の深さを感じながらヒルトイライブ、ダラワン族の帽子をかぶるとボキは何処の民族に見えるのか?モンゴル?チベット?タイの人からはサワディーと声を掛けられる。
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去年行われた「少数民族の祭典」はチェンダオ市長が変わった為に行われず、代わりに8民族の音楽や踊りが披露された週末。続々と集まってくる民族衣装の中にダラワン族を見つけ記念写真を撮った。自分で編んだのかレインボーの紐を幾重にも巻いた女の子。かわいかった。
男の子が叩く太鼓は2002年に初めて訪れたチェンマイで買った物と同じで、ボキの祖先はダラワン族だったんでは?そんな錯覚に陥る。
祭りの準備期間中に、会場内ではダラワン族の人が山焼きセミナーに来ていて、山へ帰る前にスタッフと盆踊りを繰り広げた夜、踊る娘に「come on」と声を掛けられ一緒に踊った炭坑節、帰り際に「貴方に逢えて良かった。」と、言われ思わず恋に落ちそうになる妄想を引きずり、妄想族となる。
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現地に2週間近く居ると色々な現象が起きて来る。その度に、妄想族はアクセル全開で妄想へ浸る。
妄想へと誘うアレやコレのおかげか?崖っぷちの龍さん達との夜の後、起きない身体を引きずりながら食堂へ行くと「モリヤン誰か本部にお客さんが来ているよ。」と、言われ行くと修ちゃんがヘルメット姿で立っていた。ラオスから現地に着いたらしく、関東の友達と二人連れの旅の途中気になって寄ったらしい、祭りには参加せずいつの間にかいなくなった。
代わりに現れたジュンジ、眠れない夜を過ごして逢った朝にボキ達の森庵でセッション、ゆっくり昼寝が出来たようだ。そういえば彼と以前逢った時に「行きたい。」と、言っていたのを覚えていた。一人で来たけど、シャンバラでは関係無い、趣味思考が似た仲間がすべてを受け入れる、何処でも一緒に遊べる、打ち解ける、全員が家族そのものだ。
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中日のステージが休みの日以降は、夕暮れから始まるステージは日本から来たミュージシャンよりタイのミュージシャンやパフォーマーが多く登場して来た。フラメンコやタンゴ、それにチェンダオ在住ナオミさんのベリーダンスには多くの妄想族が眼を輝かせ見入っていた。
そしてファイヤーダンサーズが登場して来た最終日、ラビラビの人力トランスを人力炎舞を見せる日本人達、同じ虹の村からやって来たリョウやメキシコから来たミハルちゃん。ナミさんは同じ日本人のパフォーマーに感心しきり、「日本人のレベルは高いね~。」
盛り上がったアース人達の舞で土煙が上がるステージ前。後日あずみちゃんが「土煙で眼が痛かった。」と、こぼしていたので来年はステージ前に水を撒こうと会場係りは思うのであった。
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ゴールデントライアングルと称されたこの地区には色々な言語が有り、山岳民族の言語で歌うコーラスはハワイアンに似た響き、竹笛のやさしい音色はアンデスのフォルクローネと被る。コンドルは飛んでいなかったけど、太陽へ一番近く飛んでいた鳥は鷲か鷹か、大空を旋回して獲物を探す。
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赤い満月が林の影から覗く最終日に、焚き木でまったりしていると前方に北斗七星がひっくり返っていた。日本で見る夜空と★の配置が変わるのは農耕民族の古里へ帰って来たから?
さて、そろそろフィナーレだ。
ナミさんがステージへ向かう、後を追うシャンバラバンドの面々。
チェンマイから駆けつけたトゥックとチャイさんに挟まれて歌うナミさん。
一頻り歌ったら、「シャンバラの唄」をシャンバラバンドでセッション。
それが終わったら、梵踊り。
ドラム缶をひき詰めたステージの土台になっているドラム缶ドラムを叩くBONGERS。
アンコールの声を後にしてステージを降りるシャンバラバンド、でも夜が明けても焚き木の近くではトゥックが歌っていた。寝れない夜を過ごした面々にやりとげた安堵感が漂う。
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「カヤ トン ティー ティン タン カヤ」を歌った前日からゴミ拾いに精出していると、多くの人がゴミ拾いに協力してくれ最終日はかなり減っていた。それでも落ちている吸殻、拾っても誰かが捨てる吸殻、フィルターは土には返らない。鳥獣保護区内のキャンプ場、綺麗な蝶は採集してならないこの地が何時までも変わらない事を願いながらシャンバラを後にしてチェンマイへ向かう。旅の最終日は初日にオーダーしていた商品を引き取りに行ったり、探し物を見つけたり、お土産を買ったりで朝から駈けずり周り、夕方ウラさん家に戻るとシャンバラ帰りの一同が集まって来た。
もちろんナミさんも居て、来年に向かってミーティングを重ねる。
「特攻隊長、来年は近くの空き地でやろうと話は在るけど、この地が気に入っている人も多いので来年もここでやる。」断言したナミさん。
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来年はアセンションの年、次元上昇を体感出来る頃合だ。
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それまで一歩一歩踏み固めながら歩いてゆこう。
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チェンダオ山は光り輝いていた。
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今年のシャンバラ祭りでは逝くとおりのポストカードが用意してあって、その中にはボキがデザインしたポストカードも。
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終了しました。(3月23日 2011年)

残念ながらこの祭り後、日本を襲った津波災害から新生日本を目指す為に、来年は中止とな旨がナミさんより発表されました。。(3月23日 2011年)
2011シャンバラ祭りの写真はこちらのFaceBookで見ることが出来ます。
ありがとう、としろうくん。
http://www.facebook.com/photo.php?fbid=192967320735673&set=a.192967267402345.48668.183354568363615&pid=537032&id=183354568363615#!/photos.php?id=183354568363615
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by nuinalukaratu | 2011-02-24 18:51 | シャンバラ祭り

SHAMBHALA IN MY HEAT

2月23日に福岡空港をM,Jsの3名と一緒にチェンマイへ出発して、2週間あまりの旅から昨日戻りまちた。
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お祭りはチェンマイから車で1時間あまりのミャンマーとの国境線に近いチェンダ~オ、その街から山の手に入ったキャンプ場。
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村の中を過ぎて行くと広々と整地された広場の先にお堂が建ち、管理等やトイレ、コテージが並ぶ日本のキャンプ場にも似た風景が。
違うトコロは植物の種類、虫の種類、鳥や動物の種類。
そう、人間も住む民族が違うだけで日本の原風景と変わりない。
そこは山岳民族が15民族も集まっているホーリーマウンテンの麓、温泉は湧き出し、肥沃な大地には焼け畑農法にも負けない大木がそそり立っていた。
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そんな祭り会場に到着するや否や、久しぶりに逢ったジンがアベチャンやヒデを紹介してくれて、そのまま森のテントサイトへ連行された。
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陽射しが強いタイでは日除けの森は最高で、しかも川が流れている。水牛が泥パックしに来る川辺での沐浴は火照った身体に最高のミネラルを補ってくれる。
皆の手助けと先住民の推薦でこの地にTIPIを建てさせてもらった。
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初対面とはいえアベチャンの話は郁夫さんから聴かされていたし、ボキの話題も郁夫さんから聴いていたと話すアベチャンにアッちゃん。
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そんな出会いから始まったお祭り。そうなんだな~、何処へ行ってもボキ達は繋がっている。ラスタとかブルーズマンとかは関係ない。
世界平和を唱える同じ梵族(祈りの民族)。
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話は飛び飛びになるのでご勘弁ね。
祭り3日目の週末は祭りプログラムは「チェンダ~オ県に住む15民族の祭典」で、馴染みが深いモン族から一度も聴いた事が無い民族まで
3000~5000名が集まった。
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各民族衣装を見に付ける人々へ、ボキも声を掛けて回ってみた。
「アイム イープン」「あ~ゆあ?」
こんな感じで。
「ミャオ」「リス」「カレン」「ラフゥ」「モン」「アカ」「ダワン」
聞き間違いは有るかも知れないが、こんな答え返事が帰って来たのは7民族。半数にも満たない。
それ位たくさんの人が詰め掛けていたんだ会場に。
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そして沖縄のエイサー方々が50名ほど来ていて、チェンダオの街を山岳民族の人々とパレードを行い、祭り会場では日本の伝統芸能代表的な感じで演奏から踊りまで披露され、エイサーの演奏に合わせて山岳民族の人達が踊り盛り上がっていた。
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こんなん聴くと、このお祭りのイメージが解らないかも知れないけど「水と星の祭り」は5日間行なわれて、初日と二日目はボキも歌わせてもらった夕方からの日本人のステージ。
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三日目にさっき書いた、「チェンダ~オ県に住む15民族の祭典」。
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そして4日目はタイのミュージシャンのステージ。そして最終日にナミさんと緑組で終わるステージが公式日程だったのです。
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アベチャン曰く「稲作の生まれたこの地域は俺達の故郷なんだ、その故郷に巡礼出来て善かった。」
そんな巡礼サデゥー達は6基張られたTIPIの中や木陰で祈りを捧げている。
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時にはキャンプ場中心に建てられているお釈迦様がいらっしゃるお堂で印を組むワークショップがインストラクター指導の基3日間行なわれたりもした。
ワークショップはその他、草木染め、土家作り、タイ料理、TIPI建て方、タイ古式マーサージなどなど。
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祭り初日、M'Jsのライブ終了後にボキが加わってBONGERSをやらせてもらう段取りだったのでステージに上って歌い始め、まずはBONGERSのテーマからやらせてもらい自己紹介しながら歌っていると、ステージ下の浦さん(ブィエンチェンマイ編集長、チエンマイツーリストポリス)が何かボキに言っている?
演奏しながら聞き耳立てて聴いてみると、
「ポリスが大勢きたから用心するように皆に伝えてくれ。」 と。
正面を見てみるとたくさん居る、制服姿やらPOLICEと大きく書かれたベストを着ていたり20~30人は来ていたかニャ~。
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それからのBONGERSはフリーク向け放送局。
日本語は解らない現地のポリスが聴いている中、何て歌ったか憶えていにゃ~けど
「たくさん来ているから気を付けてね~。」
的な歌詞で歌い、タッチャンに間奏を入れてもらっていると再度浦さんが来て
「もうワンフレーズ注意を呼びかけて。」 と。
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以前、虹の岬祭りのライブの中にも放送を頼まれた事は有ったけど演奏中に頼まれたのは初めてだった。
(信頼してくれるのは嬉しいのでこれからもどうじょ)
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祭り会場には毎日警官が来ていた。
タイのロックコンサートでは喧嘩騒ぎが多いらしく、その取締りで出向くらしい。2002年にチェンマイで有った時には”カラバオ”というバンドが出演したんだけど、その時はライブ会場の両脇を警官が仁王立ちで見張っていたのを思い出した。
初日に20~30名来ていた警官も最終日には車一台、4~5名がチラット来るくらいになっていった。
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月と水のまつりチェンダーオのタイでのネーミングは”シャンバラフェスティバル”そう、楽園なのです。
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そんな楽園には悪事を働く人はいにゃ~のです。
警官もそう思ったに違いない、顔がふにゃ~としていたもの。
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そんなライブ映像を記録してくれた人によって映像の一部がアップされていましゅ。
ありがとうくわこちゃん。
http://picasaweb.google.com/shambhalainyourheart
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音楽的な話を書くと「僕らはまるで何かのようだ、、、、」から始まるナミさんの新曲の歌いだしが聴こえてくるが、4日目タイミュージシャンステージでトリで登場したスチャライグループは凄かった。
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スチャライさんとは、タイの音楽シーンの中で”プアチーウィット”と呼ばれるカテゴリーで特筆すべきグループの中に”カラワン”と言う
グループが存在していてそのリーダー。スチャライグループとはカラワンフルメンバー(ギター2名、弦民族楽器1名、ベース、ドラムス、
アコーディオン、)にチャンマイのジミヘンと呼ばれる名ギタリストのトゥックが参加したスーパーバンド。
誰かが「デッドの様だ」と、形容していたステージは3時間以上有り、古参メンバーが休憩中は若手が数人残り演奏を続け、後半にまた古い曲を中心に盛り上がってゆく。
その後半にアクシデントが起こった。
感動してステージに上ったタイの長老らしき人がマイクの前で話し始めた。演奏していたカラワンも音量を下げマイクの声と同調してゆく。
ボキには言葉は解らないが訴えていた事は伝わった。
周りのタイ人の眼は皆潤んでいる。
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主催者でも有り、ナミさんの友人のピックさんもステージに上って一緒に歌い始めた。皆歌っている。
”プアチーウィット”については文章で知っていたけど、ピックさんが昔「私の元彼がカラワンのベースだったの。」とか話てくれたけど、
今一理解出来ていなかった。
民主化を求めて軍政と闘った人達の中にはカラワンみたいに山岳地帯でゲリラになった人達も居たことを11pmで見たのは10台後半だったけ?
そんな自由を求めて闘った人達の唄。それが”プアチーウィット”。
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プアチーウィット参考web site
http://www.sawadee-shop.com/music/puachiwit/index.html
日本の祭りで歌われる唄も多くが”プアチーウィット”だったけど、最近は少し傾向が変わって来ている様な気がする。
帰国日にナミさんが話してくれた事の中に理由が隠れている様なので書いてみる。
「今回のお祭りは原点に帰ってみたんだ、主催者もスタッフも楽しめる位のスケジュールや参加人数でないと色々なトコロがギクシャクして しまう。ステージは大人のお遊戯会にしたいんだ。」
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そんな音楽ステージ以外にも各TIPI内ではセッションが繰り広げられていたのは想像にたやすいでしょう。
ボキはと言うと、好きなミュージシャンとの交流は忘れられない日々となる。
耳コピして歌っていた「陽のあたる場所」のコード進行をイフさんから直接教えてもらったたり、ナミさんの曲も解らなかったコードが判明したり。
顔馴染みだったけどあんまり親しくなかった安芸地方の人達との夜やら。
河原でヒデとのセッション中に降りてきたフレーズ。 乾季のこの時期タイは雨は降らないので、夜空には月が出ない時は星が綺麗に光って明るい。そして月は満ち満月となった。
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2月24日に会場入りして3月4日にチェンマイへ下るまで毎日温泉に通った。
初日や二日目まで現地の気候に身体がなじめず興奮しているのか寝つきも悪い、寝付いても朝早くから目覚めて寒い。
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そこで会場から近くの部落を抜け温泉まで10分位歩く。月夜は明るく道を照らしてくれ、進むべき道を硫黄の香りが導いてくれる。
同じ河原の上流の岩場より温泉が湧き出ていて、それを塩ビパイプでコンクリートの土管で出来た丸い湯船に注いでいる。
無料の湯船は計6有りそれぞれ湯温が違う。
ぬるい湯船から熱い湯船に入り、身体が火照ったら川に浸かり頭がスッキリしてくる頃には明るくなって顔馴染みが集まってくる。
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最終日には一軒だけ有る有料温泉が無料開放してくれて深夜の露天凡岩風呂を楽しんだ。(写真は元RIVERのドラムスにして現北澤組の組長、現緑組でカッチョ良いギターを聞かせてくれるコウちゃんの父、今回のステージでは色々な楽器で素敵なセッションを披露してカッチョ良かった。)
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後半に現れた緑組のメンバーは皆パートナー連れで、新婚旅行的な旅だったとか?

温泉好きには最高のロケーションでのお祭りは心身ともに癒される連続、ありがとう出会った人々、動物、植物、虫、鉱物、。
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そして、3月4日にはチェンマイへ下り翌日に有る日本人だけでのライブパーチィーに備えて、会場近くのゲストハウスに宿を取ったんだけど 、前日にヌーガタで食べすぎてモタレテイタにも係わらず昼食で食べた蛙か揚げ卵に中ったのか身体が重くて動けない。
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やっと会場入りしてからも調子は悪い、お腹も下ってきたのでゲストハウスに帰って横になったらそのまま寝ていた。
翌日からジンマシンが体中に噴出して来てたまらない。
でも、マンチーなボキが用心しなくてはいけない食べすぎの為だったので絶食して水をたくさん捕り安静にしていると収まった。
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祭り期間中はスタッフ食事を頂き、米菜食中心に食べていたけど現地の屋台もたくさん出来てマンチー通り化した屋台村では フルーツから始まり、ソムタムやカオソイなどなどから初めて頂く食べ物にクレープ屋さんや服や、アクセサリー、簡易遊園地まで出来現地の 子供達も遊んでいた。
タイのビールでLEOというアルコール度数が低いビールが有り、酒に弱いボキにも缶ビール一本くらいすぐ飲めてほどよく酔わせてくれるので、 タイで良く飲んだ。
その疲れもあったのだろうがライブパーチィーでは皆の顔だけ拝んでライブには参加出来なかった。
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その後は買い付けの為にチェンマイ市内をチャリでドライブしながら、”ビィエンチェンマイ”(チェンマイの日本人向けフリーペーパー)編集部が有る浦さん家に溜まっていた。
もちろん祭りから下って来た皆と最後まで。
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この祭りが旅の始まりだったリュウジュやミツコに組長、トモちゃん、瓢箪、に見送られて向ったゲストハウスまでお別れをしに来てくれたアベチャン達。
別れた後に同じ便で帰国する基を浦さん家で拾い、バイクに乗せて空港にまで来てくれた。
そして搭乗口へ乗り込む前に約束した、「次回は日本で。」
そう、僕らはホーリーマウンテン”チェンダ~オ山”に集まった16番目の民族梵族だったのです。
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祭りが終わった翌日はナミさんの66回目の誕生日だったのでスタッフの皆がこしらえたコムファイ。
夜空の彼方へ飛んで星になっていった。
次回のタイではコムファイが上る時期に行きタイにゃ~。(下の写真そのお祭り時期らしい)
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お祭りを開催するのに絶大なるパワーで当られた南正人先生ありがとうございました。
主催者のピックさんにステファンさん、チェンマイの浦さんありがとうございました。
祭りのスタッフの方々ありがとうございました。
写真提供 べんさん、Motto The Mount Cafe, ありがとうございます。
最後に出会った方々ありがとうございました、九州に来たら唐津に遊びに来てね~。
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by nuinalukaratu | 2010-03-13 12:16 | シャンバラ祭り